M&Aの話が進むと、「基本合意書」と「最終契約書」という二つの書面に出会います。どちらも相手と取り交わす大切な書類ですが、役割も、守らなければならない範囲も大きく異なります。違いを知らないまま署名すると、「もう決まったと思っていた」「まだ変えられると思っていた」という行き違いが起こりがちです。
本コラムでは、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」の整理をもとに、二つの書面の違いと、それぞれの段階で譲り渡す側が確認しておきたい点を、一般論としてわかりやすく解説します。
1. 二つの書面は、M&Aのどこで出てくるか
中小M&Aは、おおまかに「相手探し → 交渉 → 基本合意 → デューデリジェンス(買い手による調査) → 最終契約 → クロージング(代金の支払いと株式などの引き渡し)」という順で進みます。基本合意は「この相手と、この方向で詰めていきましょう」という中間地点の確認、最終契約は取引の条件をすべて確定させるゴールの書面です。
- 交渉STEP 1候補先との交渉大まかな価格や条件、譲った後の方針を話し合う
- 中間STEP 2基本合意書の締結相手を一社に絞り、その時点の了解事項を書面で確認する
- 調査STEP 3デューデリジェンス買い手が財務・法務・事業などを詳しく調べる
- 確定STEP 4最終契約書の締結調査の結果を踏まえ、価格と条件をすべて確定させる
- 実行STEP 5クロージング代金の支払いと、株式や財産の引き渡しを行う
2. 基本合意書 ― 「方向性の確認」と「独占交渉」
基本合意書は、LOIやMOUとも呼ばれます。中小M&Aガイドラインでは、譲り渡す側が特定の相手に絞って交渉すると決めた時点で、それまでの了解事項を確認するための書面と位置づけられています。想定の譲渡価格や、役員・従業員の処遇の方針、今後のスケジュールなどを書き込むのが一般的です。
大切なのは、基本合意書は全体としては法的な拘束力を持たせないのが通常だという点です。想定価格は、その後の調査の結果によって変わることがあります。一方で、ガイドラインは「独占的な交渉権」と「秘密保持」の条項には拘束力を持たせるのが通常だとしています。つまり、署名した後は一定の期間、ほかの候補先と交渉できなくなるのが一般的です。
独占交渉の期間が長すぎると、交渉がまとまらなかったときに、ほかの候補先を探し直すまでの時間が失われます。期間の長さと、期間が終わったときの扱いは、署名の前に確かめておきたいポイントです。
3. 最終契約書 ― 「すべてが確定する」書面
最終契約書は、株式譲渡契約書や事業譲渡契約書などとも呼ばれ、取引の内容と双方の権利・義務をすべて確定させる書面です。原則として全体に法的な拘束力があり、守らなければ損害賠償などの問題になり得ます。
譲り渡す側が特に気をつけたいのが「表明保証」です。会社の財務や法令の順守、抱えている契約などについて、内容が真実で正確であることを売り手が約束する条項で、後から事実と違うことがわかると、補償を求められることがあります。補償の上限額や、請求できる期間も、最終契約の中で決めるのが一般的です。ガイドラインは、最終契約は中小M&Aの知見と実務経験をもつ弁護士が関わる形で結ぶことが望ましいとしています。
| 項目 | 基本合意書 | 最終契約書 |
|---|---|---|
| タイミング | 相手を一社に絞ったとき(調査の前) | 調査が終わり、条件が固まったとき |
| 役割 | 方向性と了解事項の確認 | 取引の条件をすべて確定させる |
| 法的な拘束力 | 全体としてはないのが通常(独占交渉・秘密保持などは除く) | 原則として全体にある |
| 価格 | 想定の価格。調査の結果で変わることがある | 確定した価格と支払いの方法 |
| 主な確認点 | 独占交渉の期間、価格の前提、スケジュール | 表明保証の範囲、補償の上限と期間、役員退職金の扱い |
中小M&Aガイドライン(第3版)の整理をもとにした一般的な例です。実際の内容は案件によって異なります。
4. 署名の前に、立ち止まって確かめる
基本合意の段階では「まだ拘束力がないから」と気軽に署名しがちですが、独占交渉の期間に入ると、条件を比べる相手がいなくなります。また、最終契約の段階では、条項の一つひとつが譲った後の手取りや責任に直結します。どちらの段階でも、内容を理解しないまま進めないことが大切です。
仲介会社やFAに依頼している場合でも、契約書の読み合わせは顧問の弁護士や税理士にも依頼すると安心です。進め方の全体像は「中小企業のM&Aはどう進む?」、調査で見られる点は「デューデリジェンスとは?」、用語は「M&Aの用語、これだけは押さえたい13語」もあわせてご覧ください。提示された条件や契約の内容に不安がある場合は、利害関係のない第三者の意見を聞く「セカンドオピニオン」という選択肢もあります。