会社を譲ることを考える経営者の多くが、心の中で気にしているのが「譲ったあと、社員や取引先はどうなるのか」ということです。M&Aは、契約を結んで代金を受け取れば終わり、というものではありません。成約したあと、2つの会社が一つのチームとして動き出すまでの取り組みを「PMI(Post Merger Integration)」と呼びます。
PMIは主に買い手が取り組むものですが、売り手が基本を知っておくと、相手選びや条件交渉で大切にすべきことがはっきりします。本コラムでは、PMIの基本と、売り手として知っておきたいポイントを整理します。
1. PMIとは何か ― 成約は「スタート」
PMIは、M&Aのあとに、経営の方針や組織、業務の進め方、社員の気持ちなどを、少しずつすり合わせていく取り組みです。どれだけ良い条件で成約しても、成約後に社員が不安を抱えたまま辞めてしまったり、取引先が離れてしまったりすれば、会社の価値は損なわれてしまいます。
中小企業庁は、中小企業のM&Aでもこの取り組みが重要だとして、2022年3月に「中小PMIガイドライン」を公表し、その後も実践のための資料や講座を整えています。M&Aを「成約して終わり」にしない考え方が、国の施策としても広がっています。成約後の取り組みは、成約前から準備しておくほど進めやすくなります。
2. 成約前後の流れ
- 成約前PHASE 1統合の準備買い手と、成約後の体制や社員・取引先への伝え方を話し合っておく
- 成約直後PHASE 2社員・取引先への説明前経営者と新しい経営陣がそろって、思いと今後の方針を伝える
- 数か月PHASE 3信頼関係づくりと引継ぎ面談や現場訪問を重ね、前経営者から仕事や人間関係を引き継ぐ
- その後PHASE 4仕組みのすり合わせ会計や人事、業務の進め方を、無理のない順番でそろえていく
特に大切なのが、成約直後の「伝え方」です。M&Aは秘密を守って進めることが多いため、社員や取引先にとっては突然の知らせになります。誰が、いつ、どのような言葉で伝えるかを、買い手と事前に相談しておくことが、混乱を防ぐ第一歩です。
社員が不安に感じるのは、「自分の仕事や待遇はどうなるのか」「新しい経営者はどんな人なのか」といった身近なことです。大きな方針の説明に加えて、現場のリーダーなど影響力のある社員と早めに個別に話す場を設けると、職場全体の安心につながります。急いで仕組みを変えるよりも、まずは今のやり方や社風を理解してもらうことが、信頼関係づくりの近道です。
3. 前経営者の役割
中小企業では、社長個人が取引先との関係や仕事のノウハウを担っていることが少なくありません。そのため、成約後も一定の期間、前経営者が会社に残り、新しい経営陣への引継ぎを手伝う形がよく取られます。
引継ぎの期間や関わり方は、契約の中で決めておくことが一般的です。「どのくらいの期間、どんな立場で関わるのか」をあいまいにしたままにすると、あとで双方の思いがすれ違う原因になります。自分の体調や今後の人生設計も踏まえて、無理のない形を話し合いましょう。引継ぎを終えたあとに、相談役などの形で緩やかに関わり続ける例もあります。
4. 売り手が契約前に確認しておきたいこと
| 項目 | 確認したいこと |
|---|---|
| 社員 | 雇用や待遇をどう考えているか。キーパーソンへの対応 |
| 取引先 | これまでの取引関係をどう引き継ぐか |
| 経営方針 | 社名やブランド、事業の方向性をどうするか |
| 前経営者 | 引継ぎの期間、立場、役割 |
| 伝え方 | 社員・取引先へ、いつ、誰が、どう伝えるか |
一般的な例です。どこまで契約に盛り込むかは、支援者や専門家と相談して決めましょう。
買い手が成約後のことをどれだけ具体的に考えているかは、相手を選ぶうえでの大切な判断材料になります。条件の金額だけでなく、「この相手なら社員を任せられるか」という視点で話し合うことが、納得のいく承継につながります。気になる点は、遠慮せずに率直に尋ねてみてください。
当社グループも、事業を譲り受ける立場として、成約後の社員や取引先との信頼関係づくりを何より大切にしています。会社の将来について考え始めたら、まずは自社の準備がどこまで進んでいるかを確かめるところから始めてみてください。
参考:中小企業庁「中小PMIガイドライン」、中小企業庁「中小PMI」関連の案内、中小企業庁「中小PMIガイドライン」解説講座